資産管理コラム

コロナ禍でも粛々と続く年金制度改革の議論、大切なのは「投資に踏み出す勇気」

2020/09/24 21:02

 社会保障審議会の企業年金・個人年金部会は、コロナ禍で3密を避けることに配慮しながら、粛々と議論を続けている。今年のスタートは、緊急事態宣言が全国的に解除された5月25日から1カ月もたたぬ6月17日、その後も7月9日、8月20日、同26日と開催され、直近では9月30日に予定されている。議論されているのは、「年金への拠出限度額」をいかにすべきかということだ。8月下旬に開催された2回の会議は「関係団体からのヒアリング」で、銀行や生損保、証券、企業年金連合会など私的年金制度に関係の深い金融機関を中心に代表者から意見を聞いている。企業年金・個人年金部会では、確定給付事業年金(DB)、確定拠出企業年金(企業型DC)、そして、個人型確定拠出年金(iDeCo)といった私的年金は、公的年金を補完する重要な役割があるという考えのもと、制度をより良くしていくことを議論し続けている。

 ただ、ここでの議論は常に「制度の枠組み」づくりに終始している印象が強い。今回の「拠出限度額」を巡る議論も、話題に上っているのは「拠出上限の月額5.5万円」という数字だ。DCでもDBでも年金で受け取ることを前提に拠出される資金は、税制の恩典があるため、この「税金の優遇枠」は公平に扱うべき、そして、既存の年金加入者にとって不利になるような制度改正を行ってはならないということになっている。この議論そのものは、間違いではないし、制度を運営していく上で、その枠組みとして「上限」をどうするかということは重要だ。

 しかし、「月額5.5万円」というのは、実際には社会人としてベテランの域に入ってきた40代後半から50代の人々の話だ。企業年金等は、若い頃は月額数千円で始まって、キャリアを重ね、昇給・昇格に伴って徐々に金額が大きくなり、最終的に月額5.5万円の上限に到達するような仕組みになっている。小さな金額から、徐々に大きくなって5.5万円がゴールだとすると、その平均金額は5.5万円の半分である2.75万円程度ということになる。現在のところ、企業年金・個人年金部会の議論は、この「上限5.5万円」を「引き上げるべきだ」という議論にはなっていない。この枠の中の割り振りの仕方を、できるだけ不公平が起きないような仕組みにしていこうということだ。

 では、仮に、企業年金(DBと企業型DC)と個人年金(iDeCoなど)の拠出額の上限が月額5.5万円だとして、拠出期間の最初から最後までを均して月額2.75万円が平均拠出がくだとして、いったいいくらの資金が積み立てられるのだろう? 単純に計算すると、2.75万円×12×43(22歳で就職し、65歳まで働くとして)=1419万円になる。昨年大騒ぎした「年金2000万円不足問題」に届かない。大学を卒業して、65歳まで途切れることなく働き続け、年金拠出を毎月欠かさず行った結果がこれだ。

 もっとも、現実問題として、今、年金をもらっている人には、退職時に3000万円など、もっと大きな退職給付(年金含む)を得られる人がいることは事実だ。拠出する金額が変わらないのに、受け取る金額が変わってくるのはなぜか? そこに「年金の運用利回りの問題」がかかわってくる。

 たとえば、先ほどの毎月2.75万円を43年間という拠出額が1419万円にしかならなかったのは、運用利回りを「ゼロ%」としたためだ。たとえば、これを、日本のバブル崩壊前(今から30年くらい前)に遡って、当時の預貯金金利の4%台で運用したとすると、43年後には3709万円(年4.0%、1年複利、利子非課税で計算)になる。ゼロ%利回りで43年間積み立てた金額の2.6倍だ。実際に、65歳時点で2000万円が必要ならば、2.75万円を年1.7%程度で運用できれば43年後に到達できる。

 しかし、現実問題として年4%で確実に運用できるような商品はない。年1.7%というのも存在しない。現在募集中の個人向け国債の固定5年の利率は0.05%、変動10年の表面利率も0.05%だ。メガバンクの定期預金金利は0.002%で、金利が高いネット銀行でも0.02%程度だ。固定金利でしっかりお金を増やそうと考えても、現実問題として、それは不可能になってしまっている。しかも、この状況は、すでに20年以上にわたって続いてきたし、これからも簡単には解消されそうにない。

 だからこそ、今の時代は、「資産運用」の発想が重要になる。たとえば、銀行預金の利回りは0.002%だが、銀行の株式の配当利回りなら6%を超えている。たとえば、あおぞら銀行の9月24日の株価の終値1803円で2021年3月の配当金122円を受け取ることを前提にした配当利回りは6.77%。同じように、三井住友フィナンシャルグループの配当利回りは6.18%、三菱UFJフィナンシャルグループは5.73%だ。もっとも、配当金は減額される可能性はある。また、株価も希望する配当利回りを得られる水準で買えるとは限らない。さらに、万が一には銀行だって倒産するかもしれないというリスクはある。このような不確定な要素を考え合わせて、銀行の株式に投資する決断ができるかどうかが問われている。

 利回り2%台であれば、東証1部上場企業の配当利回りの単純平均が8月の月中平均で2.05%だった。有配会社だけの平均利回りは2.11%だ。株式に投資すれば、2%を超える配当利回りが得られる。株式への利回り重視の投資には、減配や倒産のリスクの他に、株価の下落というリスクもある。年2%の利回りを求めて投資したはずなのに、株価が2%以上下落するということは良くある。だからなかなか投資に踏み出せないというのが、多くの人たちの現状だろう。

 そこで用意された仕組みが、「つみたてNISA」であり、「iDeCo」などの積み立て投資のすすめだ。価格の下落が心配ならば、一度に買わなければよいという考えだ。買って価格が下がったら、より安い値段で買い増しすればよい。価格が安くなれば、利回りは一段と良くなる。毎月1万円をコツコツ積み立てるということをしなくても、500万円を投資するのに、毎月20万円を25回に分けて購入していくというやり方もある。2年くらいかけて時間を分散して投資すれば、景気の循環にも乗れて、株式市場の好不調の波も平準化されるものだ。

 年金制度の議論では、どうしても枠組みの話となり、今、必要とされている「投資啓もう」などが議論される機会が少ない。iDeCoは2017年1月に規制緩和され、4年が経過しようとしているが、加入者数は165万人。つみたてNISAは2018年1月にスタートして、これまでに約220万口座が開設された程度だ。全国の就労者数の6600万人と比較すれば、まだまだ数%の人しか利用していない。「投資は怖い」という壁を突き破るのはなかなか簡単なことではない。

 コロナ禍でも年金制度改革の議論が続いているのは、私的年金に代表される「自助努力」が、これからの日本の生活を支えていくためには必要不可欠だということの裏返しといえる。「コロナよりも、老後の生活資金が足りないことは怖い」のである。投資の第一歩を、どのように踏み出すよう後押しできるのか? それを商売にしている金融機関はもとより、日本で暮らしている私たち一人ひとりが考えていかなければならない課題だ。